Jamie McGeever

トランプ米大統領の関税措置は昨年、市場に恐怖を広げたが、実際には、経済への悪影響は予想を大きく下回ったように見える。

トランプ氏が「相互関税」を発動してから1年余りが経過した現在、米国の平均関税率は当時予想されていた水準よりも低く抑えられている。とはいえ実効関税率は10%弱と2024年末時点の4倍で、25年を除けば1940年代初頭以来の最高水準だ。

それでも今日の金融市場で関税がほとんど意識されていない理由の一つは、投資家の懸念材料が、貿易戦争から実際の戦争へ移ったことだ。しかし関税による経済的影響が、心配されたほど深刻ではなかったことも大きい。貿易戦争の時期が前例のない人工知能(AI)ブームと重なったことが一因かもしれない。

しかし、それはあまりに単純化しすぎだろうか。

世界の貿易地図や同盟関係を塗り替えたことによる経済的影響の全容は現段階では未知数であり、明確になるまでには何年もかかる可能性がある。今後、マイナスのショックや不意打ちが待ち受けている恐れはまだある。

<統計的には微々たる影響>

過去1年間、関税が経済に与えた影響が限定的だった理由は、1つの単純な事実で説明できる。実際に適用された関税率が、法定税率よりも低かったということだ。これはカリフォルニア大学のパブロ・ファイゲルバウム氏とエール大学のアミット・カンデルワル氏が今年4月にブルッキングス研究所で発表した論文の主要な論点だ。

著者らによると、25年12月時点で、米国の輸入の約57%が依然として無関税だった。これには、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に基づきカナダやメキシコから流入する大半の物品が含まれている。

トランプ政権は1日、USMCAを延長しないことを正式に宣言するとみられている。ただ、これは新たな見直し手続きの開始を意味するにすぎず、同協定の期限は36年7月1日まで切れることはない。

水際で適用される関税が、名目上の税率よりも低くなる理由は他にもある。法的な抜け穴や特別合意などだ。

一方、トランプ関税に対する他国からの報復措置は、その大半が小規模または短命に終わっており、持続的かつ強固な対抗措置をとった主要貿易相手国は中国だけだった。AIブームも経済の追い風となった。

その結果、同論文によると、関税が経済活動に与えた影響は25年12月時点で、国内総生産(GDP)のプラス0.1%からマイナス0.1%の間にとどまっている。

エール大学予算研究所による分析でも、関税の影響により、米国の経済規模は長期的に0.1%縮小するにとどまる見通しだ。これは25年の為替レートで年間約300億ドル(約4兆8300億円)に相当する。つまり、少なくとも短期的には統計的な影響は微々たるものということだ。

<市場と実体経済の乖離>

だが、その説明を米国の消費者に納得してもらうのは難しい。消費者はトランプ関税のおよそ90%を負担させられてきたからだ。

米連邦準備制度理事会(FRB)が4月に発表した論文によると、25年1月以降に発生したコア財(エネルギーと食品を除くモノ)の超過インフレは、すべて関税によるものだった。

しかし同論文は、製品価格への転嫁は実質的に終了したとも示唆している。つまりトランプ政権が主張していた通り一回限りの価格変動だったということだ。この見方が正しければ、米国民にとっては朗報だ。米国民の平均個人貯蓄率は物価上昇などを背景に3%を下回り、4年ぶりの低水準に落ち込んでいるためだ。

この話にはもう一つの側面がある。

関税はそれを払う者、通常は消費者にとっては税金だが、政府にとっては即座に手に入る財源だ。25年の関税収入は2640億ドルと前年の3倍以上に達し、対GDP比率は0.83%と、過去1世紀以上で最高を記録した。

理論上は、この政府収入は減税や財政支出拡大を通じて最終的に経済へと還元され、消費者が受けた打撃を一部相殺するはずだ。

<じわじわと影響か>

しかし投資家は気を緩めるべきではない。

貿易を巡る不確実性は一時期より落ち着いたものの、依然として非常に高い。非営利のシンクタンク、タックス・ファウンデーションによると、トランプ政権2期目が始まって以降、米国の関税政策は50回以上も変更された。政権が外交交渉で関税を脅しとして使うことに積極的なことを考えれば、これで終わりだとは考えにくい。

投資家はこうした懸念をほとんど無視している。

しかし貿易の不確実性が高まれば国際ビジネスのコストは上昇し続け、新たな貿易ルートの確立はさらに困難になるだろう。大企業は対処できても、中小企業は苦戦を強いられる可能性がある。

振り返れば、多くのエコノミストが関税に関して唱えた破滅的な予測は大きく外れたと言える。しかし、これは単に時間軸の問題かもしれない。英国が2016年にEU離脱を決めた後、英経済は直ちに落ち込んだわけではない。しかし10年が過ぎ、経済的損失が深刻だったとの見方は広く共有されている。米国への関税による経済的打撃が、同様にじわじわと効いてくるかどうかはまだ分からないが、そうした問いを立てる価値は十分ある。

(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)