Laurie Chen Aditya Soni
2025年初頭に中国の人工知能(AI)企業ディープシークが低コストながら比較的高性能のモデルを発表して市場に衝撃を与えて以来、世界中のAIユーザーに2つの選択肢が与えられた。価格を抑えた中国製モデルか、それとも巨額の開発投資によって非常に高い性能を実現してきたオープンAIやアンソロピックといった米国勢か、という構図だ。
しかし先月に北京を拠点とするスタートアップの智譜AI(Zhipu AI)が披露した新モデル「GLM-5.2」は、最終的に米国側の優位性を消す形でこの格差を埋めるかもしれない。
GLM-5.2は、コーディング能力や、最小限の指示で複数の作業を実行するエージェント機能の面で高い評価を集めており、その性能は米国の最先端モデルに迫る一方で、コストは大幅に低い。このため業界では「ミニ・ディープシーク・ショック」が到来したとの声も出ている。
開発者向けプラットフォーム「オープンルーター」の利用ランキングにおいて、GLM-5.2は急速に順位を上げ、現在ではアンソロピックの複数モデルを上回る利用実績を記録。さらにクラウドデータ企業スノーフレイクのスリダー・ラマスワミ最高経営責任者(CEO)や、著名投資家のマーク・アンドリーセン氏らもその性能を高く評価している。
トランプ米政権でAI・暗号資産政策責任者を務めたデービッド・サックス氏は先週、「オープンAIやアンソロピックが現在提供しているモデルと同等レベルの中国製オープンウエートモデル(学習済みの数値データが公開されているモデル)が登場した」と述べた。サックス氏の発言後、米政府はアンソロピックの「クロード・フェイブル5」「クロード・ミュトス5」に対する規制を解除している。
GLM-5.2の登場は「中国がAI競争で米国との差を縮めつつあるのではないか」という議論を改めて活発化させた。業界幹部の間では、米国の予測不能な規制環境こそが、自国企業の競争力を損なうリスクになりかねないとの懸念も広がっている。
サックス氏はポッドキャストで「GLM-5.2は(アンソロピックの)『オーパス4.8』にわずかに及ばない程度で(オープンAIの)GPT-5.5とほぼ同等の水準だ」と評価した上で「米国企業の足を引っ張るような政策を取る余裕はない」と警鐘を鳴らした。
一部の専門家は、アンソロピックに対する規制や、オープンAIの最新モデルGPT-5.6の一般公開が遅れていることが、GLM-5.2への国際的な関心を高めた要因だと指摘する。
北京に拠点を置くAI安全性コンサルティング企業コンコーディアAIのブライアン・ツェ創業者兼CEOは「開発者の仲間内では、米国のクローズドなAPI経由モデルだけに依存することのリスクが強く認識されるようになっている」と語る。
またGLM-5.2への好意的な反応は、低コストのオープンソースモデルへの関心が高まっていることも示している。特に企業ユーザーは、利用量に応じて課金されるトークン消費が増え続ける中で、AI活用コストの上昇や予測しづらさに直面している事情もある。
智譜AIはコメントを拒否し、アンソロピックとオープンAIもコメント要請に回答していない。
GLM-5.2は性能面ではAI評価機関アーティフィシャル・アナリシスの総合知能ランキングで5位に位置する。このランキングでは推論能力やコーディング能力など幅広い指標が評価対象だ。またウェブサイトやフロントエンドアプリケーション生成能力を競うコード・アリーナでは2位に入っている。
さらに注目されるのはコスト競争力だ。アンソロピックの「クロード」シリーズやオープンAIの「GPT」シリーズといった米国の最先端クローズドモデルと比較すると、運用コストはおよそ6分の1程度とされる。
智譜AIはGLM-5.2の開発費用を公表していないが、創業者の唐傑氏は先月、米実業家イーロン・マスク氏への返信で「来年第1・四半期までにアンソロピックのフェイブルと同等レベルのモデルを開発できる」と自信を示している。
AIモデルの共有・配布・運用のためのプラットフォームを運営するハギングフェイスでアジア太平洋地域責任者を務めた経験を持つワン・ティエジェン氏は「GLM-5.2によって、オープンソースモデルが『導入してすぐ使える製品』へと進化した」と説明する。
従来は高度なチューニングやシステム構築が必要だったのに対して、GLM-5.2は導入直後から実用的なレベルで利用できるため、オープンソースAI採用へのハードルを大きく下げたという。
<信頼とデータ安全性の壁>
GLM-5.2が大規模に企業導入される上では課題も残されている。
最大の障壁はデータセキュリティーに対する懸念だ。特に米国では、銀行やサイバーセキュリティーなどの規制産業を中心に、中国製AIモデルの採用に慎重な姿勢が根強い。
ワン氏の話では、企業のAI基盤を移行・更新するには通常数カ月を要するため、導入判断には時間もかかる。
カウンターポイント・リサーチのAI担当アナリスト、ウェイ・スン氏は「欧州企業の一部では企業利用を検討する議論が始まっている」と明かしながらも「欧州連合(EU)や米国では技術力や価格に関係なく、中国製モデルを自社のAI基盤に組み込むことを受け入れない顧客や業界も存在する」と語る。
一方こうした懸念は誇張されているとの見方もある。
今年発表された米ランド研究所の調査によると、ディープシークのモデル「R1」公開から2カ月間で、中国製大規模言語モデル(LLM)の世界シェアは3%から13%へ急増し、特に発展途上国や中国と政治・経済的な結び付きが強い国々で利用拡大が顕著だった。
専門家からは、中国製モデルであっても米国のクラウド環境や企業独自のサーバー上で運用すれば、データ保護上の問題は大幅に軽減できるとの意見も聞かれる。
実際大企業は慎重姿勢を維持しているものの、スタートアップや中小企業ではより迅速な導入が進みつつある。
中国テック専門ニュースレター「ハロー・チャイナ・テック」創設者でアナリストのポー・チャオ氏は「開発者にとって重要なのは、そのモデルがどこの国で作られたかではなく、実際に機能するか、コストが妥当か、安定的に利用・導入できるかだ」と強調する。
ただしGLM-5.2が一夜にしてオープンAIやアンソロピックを置き換えるわけではないとの見方が一般的だ。
チャオ氏は「実際にはオープンAIやアンソロピックを完全に置き換えるのではなく、用途に応じて複数モデルを使い分ける形になるだろう」と述べるとともに、現在の事態は確かに「ミニ・ディープシーク・ショック」だが、その影響は主に開発者界隈に限定されると付け加えた。